二月二十五日(月)

たい焼きのたいの白眼のむきかたが死んだ魚のそれであること

はじめてファインディング・ニモを見ました。これ言っていいのかな、もう公開から16年経ってるからいいですよね。開始5分でニモのお母さん死ぬじゃないですか。うわーん、ニモのお母さん死んだーって思いますよね。あれみんなどのくらいで回復して、本編に集中できますか? ぼくは開始15分くらい、「ニモのお母さん死んでしまった、かわいそうすぎる」と思って落ち込んでしまい、しばらくうまく本編に乗れませんでした。もちろん、観客がニモのお母さんの死に集中しないように、脚本も演出も工夫を凝らしているのはよく分かるんですけど。工夫でいえば、ドリーの「女気のなさ」ね。あれがもしセクシーだったら、亡き妻のことも、息子のニモのことも忘れて、二人で愛の逃避行に出るストーリーになっていたでしょう。それはそれで見てみたい気もするけど。

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